梨香はいつの頃からか妙な夢を見るようになった。
自分が誰かの視線を感じながら男に抱かれている。
とても恥ずかしいのに声を出さずにはいられない。
夢の中でイクらしくて、目覚めるとショーツはぐっしょり濡れている。
───覚めないでほしいくらい気持ちいい夢。
◇◆◇
「気をつけて行っておいで、梨香。もう君一人の身体じゃないんだからね」
「ありがとう、敦史」
梨香はこの10月に敦史と結婚する。
独身時代の思い出づくりに、同期の真奈美と南の島へ旅行に行くのだ。
梨香はほんの数日間敦史と会えないだけというのに、うっすら涙を浮かべている。
ハグしたいところだが、成田空港のロビーはまだ夏休み前だというのに人が多く、手を握るのが精一杯だ。
「はいはい、お2人さん、お熱いことで! 梨香、そろそろセキュリティチェックする時間よ」
「敦史、見送りありがとう。行ってくるね」
「5日後に迎えにくるよ。真奈美ちゃん、梨香は気が強いけど喧嘩しないでね」
「まあ、失礼しちゃう。じゃあね」
半日近いフライトの後、目的地の空港へ早朝に着いた。
迎えに来ていたマイクロバスに乗り込み、ホテルに着いたのはちょうど朝食時間だった。
「飛行機の中で寝たけど、なんかまだ眠いね」
「そうだね」
「でももったいないから、少し休んだら遊びに行こう」
「もちろん!」
梨香と真奈美はお互い28歳になった。
真奈美も恋人と婚約の一歩手前なので、恐らく2人にとって独身時代最後の旅行になるだろう。
「梨香、もしかっこいい人に声かけられたらどうする? 私ふらふらいっちゃいそう」
「あはは」
「梨香も今はまだシングルなんだから、アバンチュール楽しんじゃえば? 内緒にしとくからさ」
「真奈美ったらぁ」
朝食はホテル内のバイキング形式のレストランでとった。
6人がけの丸テーブルで、外国人旅行者と相席になる。
仕事柄、梨香と真奈美は仕事柄英語は堪能だ。見知らぬ外国人との会話も弾む。
オーストラリアから来たという夫婦が連れていた小さな女の子は、食事が終わって別れ際にバイバイと笑顔で言った。
真奈美は早く遊びにいきたくてしかたがない。
「何して遊ぼうか」
「そうねぇ」
今回のツアーにはオプションでスポーツをつけた。幾つかのスポーツがどれでも楽しめるのだ。
「そうだ、梨香、ビーチバレーでハンサムな男の子の品定めってのはどう?」
「うーん。ウインドサーフィンもいいな」
「未経験のものがいいね。そうだ、シュノーケリングはどう? やってみたかったの」
「面白そうね。ボートで穴場まで連れていってくれるんだって。それにしよう!」
2人はビキニの水着の上にTシャツとホットパンツといういでたちでボートに乗り込んだ。
「よろしくね」
「ハーイ!」
ボートをこいでくれるのは気さくそうな20歳そこそこくらいの青年である。
早速ボートを出してくれた。
「うわっ、見てよ! すんごい綺麗!」
「ほんと……」
エメラルドグリーンと群青色に染められた海がどこまでも広がっている。
感動して震えがくるくらいの美しさだ。
真奈美はビニールのポーチからカメラを出し、撮影する。
梨香は自分の瞳に焼きつけるように、まぶしさに目を細めながら周りを見渡した。
「OH!」
青年が突然叫ぶ。
「どうしたの?」
青年の視線の先に黒く大きな陰が水面下で動いている。
「何かしら」
「やだぁ」
その陰はボートの周りをゆったり1周したかと思うと、いきなりボートに下から体当たりしてきた。
船体が大きく揺らぐ。
「きゃーーーっ」
その黒い陰は水面から鼻先を出した。
「いやっ、何!」
青年は何か叫びながらオールで追い払おうとしている。
しかし、黒い生き物はますます激しく体当たりしてきた。
ボートは激しく揺れ、何回目かのアタックで船体は斜めになり、梨香は海に投げ出されてしまう。
もうパニック状態だ。
「うわっっっ、怖い! 助けて!」
続けて、青年や真奈美も海に落ちたような音がした。
「ウワァァァーーーー!」
「いやぁぁぁぁ!」
3人は水の中でもがいた。
そのうちだんだん青年や真奈美の声が遠くなる。
「真奈美、真奈美どこにいるの? どこ……うぅ……」
梨香は自分が泳いでいるのか溺れているのかわからなくなってきた。
次第に意識が遠のいてゆく。
第2話へ続く
