宏美はある駅で降りた。
もう何度も来ているような迷いのない足取りでどんどん歩いてゆく。
商店街を抜け、静かな住宅街に入っていった。
あたりは人通りが少なく、慎司は宏美が振り返らないかヒヤヒヤしながら尾行した。
4階建ての瀟洒なマンションの前で宏美は足を止め、エントランスに向かう。
慎司は焦った。
オートロックの奥に入られたら今日ついてきた意味がない。
今しかチャンスはない。慎司は宏美に駆け寄った。
「宏美!」
「あ、あなた!」
宏美は目を真ん丸くして驚いている。
その腕を痛いぐらい強くつかんだ。
「一体ここに何しに来たんだ」
「あなたこそ何でここに……」
「そんなことどうでもいい! 聞かれたことに答えろ!」
いつもは穏やかな慎司が、真っ赤な顔をして怒っている。
宏美は足をガクガクさせた。
「お、お友達のところに来たのよ」
「嘘つけっ!」
「私をつけたの?」
「ああ、そうさ」
「どうして?」
「ここにお前の男が住んでいるんだろう」
「何ですって」
宏美は首を振った。
「違うわ。女の人よ」
「とぼけるな。俺が知らないとでも思っているのか」
「どうして信じてくれないの」
「ネットで見たんだよ。お前のヌード写真をな」
「───!」
見る見る宏美の顔から血の気が引いてゆく。
(やっぱりあれは宏美なんだ……)
「帰ろう。そして話を聞こう」
慎司は腕を引いた。
「待って」
「何だ」
「このまま家に帰っても私を責めるのでしょう。お願い、信じて。本当に女の人なの。一緒に来ればわかるわ」
「一緒に? いいだろう」
ここまで来たら後には引けない。
エントランスを抜けると、宏美は管理人に軽く会釈をした。
管理人の表情から、宏美が何度も来ていることが読み取れる。
最上階でエレベーターを降り、一番奥のドアの前に立ち、インターホンを押した。
「リサさん、宏美です」
『待ってたわ。今開けるから』
(女の声だ。でも今まで出かけるときは必ず俺に行き先を告げていた宏美が、何でコソコソここへ来るんだろう……)
チェーンを外す音がし、ドアが静かに開いた。
「いらっしゃい」と言って出てきた女は、慎司を見て目を丸くした。
「この方は?」
「私の夫です」と宏美は答えた。
女は複雑な表情を浮かべながらも、2人を室内へと招き入れた。
◇◆◇
「紹介します。夫の慎司です」
「あの、はじめまして」
「はじめまして。リサっていいます」
慎司はリサをぼうっと見ていた。
モデルのような体型に、普段着とは言いがたい上質な服を着ている。
滑らかな肌、ゆるく巻いた髪、爪の先まで気を抜いていない。
形のいい眉、すっとした鼻筋、涼しげな二重まぶた、艶のある唇、そして片頬のえくぼは大人っぽい表情のアクセントになっている。
「お茶を入れてきますね」
リサが動くとふわっとフレグランスが香る。
(なんて美しい女なんだ。宏美とどういう知り合いなんだろう)
数分後、テーブルに紅茶と手作りらしいクッキーが並んだ。
少々気まずい雰囲気の中、宏美が口を開く。
「あの、リサさん、今日はいきなり夫を連れてきてごめんなさい」
「いいえ、いいのよ。でもびっくりしたわ。慎司さん、お口に合うかしら」
「あ、ええ、すごくおいしいです」
「リサさんはお菓子作りとフラワーアレンジメントが趣味なのよ」
「そ、そうですか」
(いけねえ。今日は宏美の写真の件をはっきりさせるために来たんだ)
どうも落ちつかない慎司を見て、宏美は口を開いた。
「リサさん、夫は私が他の男の人とつきあってるんじゃないかって心配してついてきたんです」
「あら、そうだったの」
「夫は白黒はっきりさせないと納得してくれないと思うんです。だから思い切って……」
「思い切ってって何だ?」
「あなたに打ち明けます」
「はあ?」
「私はあなたのことを愛しています。けど、けど……」
「宏美ちゃん……」
「リサさんのことも好きなんです」
「ええーーーーっ!」
宏美はそれだけ言うと顔を手で覆ってしまった。
なのに、リサは堂々と慎司を見ている。
「本当……ですか?」
「本当よ。私も宏美ちゃんが好きなの」
「じゃ、俺が見た写真は……」
「写真?」
(うっ。エロサイトのこと言うべきか。……ここまで来たら言うしかないか)
「宏美の身体の写真です。ネットで見た……」
「ネット?」
「あの、その……写真投稿サイトです」
「───ごめんなさい。あれは私が撮ったの」
慎司は何が何だかわからなくなってきた。
第3話に続く
