夫婦交換:第1話

 手塚絵美は31歳、2歳上の陽介と結婚して3年目だ。
 子供はまだいない。
 2ヶ月前にロンドン駐在から夫婦で帰国したばかりである。

 語学堪能で働き盛りの商社マン陽介と、ブランドに身を包んだ美しき妻絵美。
 誰の目から見ても理想の夫婦に映るが、絵美には不満があった。
 それは、月に1度あるかないかという夫婦生活。
 見合いで結婚したにしても、幾ら何でも少な過ぎる。
 絵美は独身時代に何人かの男と性交渉を持っている。
 性の喜びは知っているが、遊んでいた女と思われたくなく、自分から夫に求めることができない。

 逆に、陽介から見た絵美は、お人形のような存在だ。
 絵美と見合いし、のんびり交際をしようと思っていたのが、2年間のロンドン駐在が急に決まり、慌てて式を挙げた。
 2年間の駐在期間は、甘い新婚生活どころか激務の毎日。
 絵美はといえば、英語に慣れず、現地の日本人の妻たちともなじめず、早く帰りたいと事あるごとに言っていた。
 やっと日本に帰ってこれて、陽介はこれから夜の生活も楽しめると思っていたが、絵美はセックスに積極的になってくれない。
 どうしたものかと陽介は考えていた。

 ◇◆◇

 絵美は鏡に向かい、いつもより念入りにメークをする。
 先週、陽介から
「知り合いのご夫婦が来週の土曜日に東京に出てくるんで、一緒に食事することになったから、予定あけておいてね」
と言われ、今日がその日なのだ。
「あなた、お出かけの用意ができたわ」
 絵美はシルエットの美しいピンクベージュのワンピースを着ている。
 色白の肌にほんのりチークを利かせ、髪をゆるく巻き、上品な若奥様の出来上がりだ。
「じゃ、行こうか」

 数年前にできた洒落たホテルのロビーに着くなり
「手塚さんですか」
と夫婦らしき2人連れが声をかけてきた。
「ええ、手塚陽介です。こちらは妻の絵美」
と陽介は絵美を紹介した。
 まるで初めて会ったみたいな挨拶だわ、と絵美は思った。
「吉川直樹です。こちらが家内」
「裕子です。よろしくね」
 吉川夫婦はよく日に焼け、いかにもスポーツが好きそうだ。
 精悍なマスクに短髪の直樹、さらさらとした長い黒髪、それに負けないくらい深い黒色のドレスを優雅にまとっている裕子。
 感じのいい笑顔を向けてくる2人に、絵美は好印象を持った。

 4人は予約してある中国料理のお店で食事をした。
 趣向を凝らした料理が少しずつ出てくる。
 会話も弾んだ。
 裕子は話し上手、聞き上手で、絵美の警戒心を解いてゆく。
 上品な会話は絵美のお洒落心や自尊心を満足させてくれる。
「絵美さんのミルクティー色のケリー素敵だわ」
「そう言っていただけるとうれしいわ。予約してやっと入手できたんですよ」
 裕子は結婚前は国際線の客室乗務員をしていたという。
「うわぁ、じゃもちろん英語ペラペラですよね」
「最近は話す機会が少ないけどね」
「私、英文科卒なのに英会話が苦手で、いざとなると最初の一声が出てこないんです」
「まあ。じゃレッスンしましょう。今から私たちだけでも英語で話しましょうか」
「うふふ」
 陽介と直樹は仕事の話で盛り上がっている。
 2時間ほどがあっという間に過ぎた。

「ちょっと飲みすぎたかしら」
 絵美は少し眠くなってきた。
 酒が弱いのに、ライチの風味のカクテルが口当たりがいいので、つい3杯も飲んでしまったのだ。
「ごめんなさいね。私が勧めたからだわ」
と裕子がすまなそうに言う。
「いえ、心配しないでください。絵美ったら全く」
と陽介は笑っている。
「あ、そうだ!」
 直樹が思い出したように言う。
「そうだ。僕たち上に部屋をとってあるんですよ。よかったら休んでいきませんか」
「そうですか。でも……」
「いいんですよ。気にしないでください」

 ◇◆◇

 4人は部屋に入った。
「すごい夜景!」
と誰もが感嘆の声を上げた。
 窓の外には東京の街の灯りが宝石のように広がっている。
 眠気をもよおしていた絵美までうっとりと外を眺めている。
「素敵ね。今日は来てよかったわ」
 裕子が心配そうに
「絵美さん、ぐあいよくなった?」
と尋ねた。
「大丈夫よ。少し眠くなっていたけど、この夜景を見たら一気に目が覚めたわ」
「飲み直そうか」
 いつの間にか直樹がヴーヴクリコを開けていた。
「絵美さんはミネラルウォーターにしておく?」
「いいえ、私もいただくわ。なんだかとってもいい気分なんですもの」

 絵美の言葉を聞き、他の3人はさりげなく視線を合わせた。


第2話に続く

indexnext